After the noise is gone - Rayons

f:id:when87:20131124222009j:plain

本作を聞くのに良い季節になってきた。

中井雅子さんという音大出身の方のソロプロジェクト。六曲中三曲にプリドーンがボーカルとして参加しており、残りはインスト曲。本作について、「ポップ寄りでメロディのはっきりしたポスト・クラシカルなアルバム」と言ってしまうのは簡単だが、特筆すべきはやはりプリドーンが参加したボーカル有りの三曲。中でも最初の二曲は、そういった安易なカテゴライズや評価を真っ向からねじ伏せる腕力がある。特に一曲目のIvyは歌詞もメロディも歌声も音色も、果たして一生に何曲出会えるか?という位の、ピアノ弾き語りの極北だと思う。

僕の年齢のせいもあると思うが新譜を聴いてこんな風に思う事はもう滅多に、というか無いと思っていた。

両曲とも非常にシンプル。一曲目のIvyは簡素なピアノと歌声だけだし、二曲目のDamn it, Shut it, Release itもその編成にストリングスのカルテットが加わっただけだ。作者はその出自を鑑みるにアカデミックな知識も充分だろうし、もっとクールな雰囲気で複雑にしようと思えば幾らでも捏ねくり回せたはずの楽曲を、しかしこれだけ徹底的に削ぎ落とし、最後に残ったその結晶は余りに無垢で冷たくて、美しい。

2012年の四月に下北沢の教会で行われたリリース記念ライブも、これまで観てきた数々のライブの中でも屈指のものだった。あの日は雨がそぼ降る四月にしては物凄く寒い日で、僕は最前列に座っていて、プリドーンの目の前だった。その位置で、殆ど生音で聴いた彼女の歌声や弦楽四重奏の音色はとんでもなく素晴らしく、自分の中の手垢に塗れた悲観や諦観、そういった安易な割にきっちりと重たい汚泥のようなあれこれがあっけなく僕の体から離れ、吸い込まれて、どんどん透明な結晶になって床に落ちていくような、そんな凄くすっきりしていく感覚がかなり即物的にあって、感動もさることながらむしろその感覚の具体さ(?)に驚いていた。音楽が齎してくれるもの、こんな感覚もあるのだと、今更思っていた。

尚、僕はそれまでCDから聴こえるストリングス(特にバイオリン)は概ね高音がきつ過ぎる印象で基本的に音色として苦手だったのだけど、あれは単にその録音が魅力を収めきれていないだけなのだと、このライブでようやく気付いた。初めて目の前で聞いた弦楽四重奏はとんでもなくふくよかで、豊かだった。

色々書いたがとにかく、「プリドーンのコラボ作品で珍しくピアノ伴奏で歌っているCD」という認識だけで何となくスルーしてしまうのは余りにも勿体ない、非常に上質な一枚。特に寒い季節が好きな人には是非聞いてみて欲しい。

最後に、この作品のVo曲はプリドーンが作詞していてその内容も素晴らしいのだが、特に好きな一節を下記に引用しておく。これは一曲目Ivyの、最後の一節(ちなみにこの部分の歌唱の低音を出し切れていない感じが又素晴らしい!)。

 

Silence veils confusion after all  全ての後、沈黙が混沌を覆う

 

Rayons - Ivy