水の中の八月 - 石井聰亙監督

f:id:when87:20130810105037j:plain

 石井聰亙小嶺麗奈をミューズとして撮った2本の内の一作で、夏になると観たくなる映画の一つ。ちなみに同名の短編小説やドラマがありますが、本作とはまるで関係なし。たしか監督がもともと脚本を温めていたところに、たまたま目に入った上記小説の「水の中の八月」という題名をすごく気に入り、小説の作者から題名だけの使用許可を取ったとか、そんな話だった気がする。確かに拝借したくなるのも分かる物凄く良い響きとイメージ。水の中の八月。ジャケットも素晴らしいと思う。


水中的八月August in the Water - YouTube

※以下、結末に触れています。

  福岡を舞台にしたシンプルなボーイミーツガールな前半から、しかして少女は世界を救う水の巫女だったという後半へ怒濤の展開をするが、映画全体を貫く静謐なムードのせいか、その急激で強引なファンタジー化もなぜか余り気にならない。通常これくらいの規模の作品でこういう事をやると急激に陳腐化すると思うのだけど、そして本作も確かに陳腐化はしているのだけど、結局全体の雰囲気の方が勝っているというところだろうか。この辺りの強引な説得力というか、豪腕ぶりはやっぱり狂い咲きの石井聰亙だなという印象。

 そして本作の白眉は何と言っても映像。冒頭のイルカ水槽のプリズム、そしてそこに飛び込んでくる制服の少女という二段攻めでもう一気に持って行かれる。そして随所に挿入される夏の景、入道雲や、強い日差しに照らされた路地に揺れる木々の影、夏祭りに賑わう博多の熱気などを、スローや音響を駆使してとても情感豊かにみせる。

 夏という季節は四季の中でも特にノスタルジーや、噎せ返るような爛熟とその先の死、みたいな観念と結び付きやすい季節だけど、そういった様な感覚を丁寧にフィルムに写し取る事に成功していると思う。

 またそういった環境描写以外にも、高飛び込みの選手達がジャンプして着水するまでの間を連続で繋いでいるシーンや、水底に沈んだヒロインを主人公が潜って抱え上げるシーン、更にはクライマックスにて、老人となった主人公が岩に寝そべっていると天気雨が降り、その画面右端にゆっくりと両手が上がってくるとこなど、何とも言えず情緒深くて良い絵面がとても多い。特に最後の再会シーン。何十年もの月日を経て最早老人となり、意識や世界の境界が曖昧になった主人公に手を差し伸べるヒロインは当時のままの姿。ベタだと分かっていてもどうしても揺さぶられる。天気雨という演出も凄く良い。

 あとそういえば、途中で主人公が幼い妹っぽい写真を見つめるシーンが一瞬あったり、そもそも泳げないはずの主人公が見事に水底のヒロインを救出していたりと回収の無い伏線が幾つかあるが、その辺も非常にサラッと通り過ぎるのでいかにもな、あざとい所までには至っておらず、気づいた人だけに物語の奥行きを感じさせる遊び心のようなものとして、うまいバランスで機能していると思う。

 遠い思春期から連なる夏の風景や残像と、それに重なる90年代っぽい淡い終末感が静かに美しく切り取られた傑作。確かに後半の半端なSF展開は見方によってはB級丸出しでちゃっちいが、そんな脚本の稚拙さを補って余りある豊かな情感が、全体通してぎっしり詰まっている

 当時15歳の小嶺麗奈も大根演技ながら、木訥な感じで可愛いです。本当に高飛び込みやってそうというか。