病める子 - エドヴァルド・ムンク
この人の作品で有名なのは何と言っても「叫び」だろうが、本作のような傾向の作品も多く残しているようだ。彼は幼い頃に結核で母を亡くし、また思春期には一歳違いの姉を同じく結核で無くしている。この絵はその時の記録というか、イメージを元に描いたもので、姉の手を握っているのは母親の死後面倒を見てくれていた叔母の姿らしい。
病に冒され余命幾ばくも無い少女の手を握り打ち拉がれる大人の女性に比べ、当の少女自身は全てを諦め、また見透かしているかのような穏やかな顔つきをしており、まるで大人の方が慰められているかの様に見える。結核患者は肌が透き通るように白くなるそうだが、その肌の色と燃える様な赤毛、深い緑色の衣服といった対比も鮮烈で、この絵の中の少女の人外っぷりに拍車を掛けている。
またこの絵は、例えていうなら激しい雨が振り付ける窓ガラスの外側から室内を覗き見ているような演出がなされており、更にこの絵を間近で見ると色を塗った後に、ナイフで横に傷を付けたような線が無数に引かれているという。
姉の死の記憶にまつわる悲しみや不安、儚さ、運命の理不尽な残酷さ。悲嘆にくれる叔母や執拗に画面をナイフで削った画家の激しさと、しかし裏腹な、死にゆく少女の穏やかで優し気な眼差し。そういった全てを過不足無くキャンバスに現出させた傑作だろう。