鴨川

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親族の結婚式に出席するべく久々に帰省。式場は京都だったのけれど、随分久しぶりに鴨川沿いなど歩いた。

結婚式に限らず式はあまり好きではないので基本的に不愛想することが多いのだが、近年大きく体調を崩してしまっている叔母が今回は病院を抜け出して、といっても移動式のベッドに寝た切りで酸素ボンベ備え付けという状態だが、何とか参加できるとのことで、彼女にこのようないわば目出たい席で会うのは最後かもしれないという我ながら下品というか現金な思いを以て、珍しく参加したのだった。

彼女はまだ50代で、しかしもう自力で歩く事も出来ず、やせ細り、多分もうすぐ死んでしまう。

自分の母親を含め割に面倒くさい曲者ぞろいの母方の親族の中で彼女だけは例外的に明るく天真爛漫で、昔からもの凄く可愛らしい人だった。お洒落や美味しい食事が大好きで、一度東京で銀座を案内した時には当時出来たばかりで混雑していたフォーエバー21に、それこそ今回結婚した彼女の娘と共に突撃していつまでも戻ってこず、興味の無い僕は銀座松坂屋の前でずっと待ちぼうけを食らわされたが、この叔母に関してはまあしょうがないかという感じで全然腹も立たなかった。いつも自分の事しか考えていない僕は全然気づけなかったのだけれど後に母親から、この時点で彼女はもうすでに抗がん剤の副作用でかつらだったのだと聞かされた。

特に自分自身に関して、いたずらな悲観や否定はそのまま卑しいナルシズムと直結しているようで嫌なのだけれどこういう事がある度に、なぜ自分は健康で生きているのだろうとついつい考えてしまう。幾つになっても可愛らしい叔母はいつも誰からも愛されるムードメーカーでその才能や存在はどう考えても僕より貴重なものだなどと、卑屈な思いがよぎる。この世に神はおらず、病気や災害はただただどこまでも残酷に公平なくじ引きでしかないと、頭ではそれこそ小学生の頃から分かっている筈なのに、割り切れない。

どうして彼女のような人が。こんなにも早く。子供もようやく手を離れ、これからこそ色んな所に行ったり服飾にお金を掛けたり、そういった事柄を、もっともっと謳歌して欲しかった。

青白い顔でベッドに横たわり、もともとおっとりしていたが更にゆっくりしか喋れなくなった叔母はしかしオフィーリアの様な死に魅入られた者特有の刹那な美しさをも身につけていて、そしてそんな事を思う自分が、また今回こそはたまらなく嫌だった。

僕は叔母の事が凄く好きだが出来る事も掛けられる言葉も最早見つける事が出来なかった。子供の頃、当時特に険の強かった母親に僕が結構な勢いで叱られているとき叔母はよくまあまあと庇ってくれた。介護タクシーで式場を去る叔母を見送ったとき、全身を病に冒された彼女はしかし当時と全く同じ優しい表情で少し頷いてくれて、でも僕は、相変わらず力なくうなだれる事しか出来ないガキの、あの頃のままだった。